指導主事には,これをきけ

指導主事によるブログ。指導主事の言うことは本当か。自己批判を通して教育を考える。

めあての提示は必要か(1)

「本時のめあてを示さなければならない」 

全国,どこの地域でも

指導主事が学校訪問で言うのではないだろうか。

 

「めあて」については,私は必ず触れなければならない。

これほど,おかしなものはない。

私の周りでも,尊敬する教育委員会の人はいるが,

「めあて」神話(必ずめあては必要という神話)に浸かっていない人はいない。

 

この話題は深いので,少しずつ触れていきたいが,

今日,たまたま次のサイトに出会った。

 

dentsu-ho.com

 

記事の中で,清水氏は言う。

 

「例えば先生が当たり前のように授業の始めに書くめあて。

『電池の数を増やしたら電流は強くなるだろうか?』って。

『だろうか?』を取ったらそのまま答えになるような質問を書く先生が多い。

答えがバレバレで、子どもはゲンナリしてしまう」

 

めあてを示すことで,

「子どもがゲンナリしてしまう」ことがあるのだ。

 

この事例一つとっても,めあて神話は壊れる。

 

私は,めあてを示すが悪いとは思っていない。

授業には様々な方法があってよい。

多様性を認めるべきだ。

それを唯一の方法で求めることが問題なのだ。

 

 

指導主事には,これを聞け。

・・・・・・

「めあてを示すことが,すべて価値あることなんでしょうか」

「めあてを示すことで,子どもがゲンナリする授業もあります」

・・・・・・

 

これに指導主事は答えなければならない。 

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